10月1日開館 草間彌生美術館「開館記念展覧会」のお知らせ

10月1日開館 草間彌生美術館「開館記念展覧会」のお知らせ 日本を代表する世界的前衛芸術家•草間彌生の美術館を2017年10月に開館するお知らせです。草間彌生美術館は、草間作品および関係資料の展示を通じて草間芸術の普及振興を図り、芸術全般の発展に寄与することを目的に前衛芸術家•草間彌生が設立し、一般財団法人草間彌生記念芸術財団が運営する美術館です。 年2回の展覧会にて草間作品のコレクションをご覧いただくとともに講演会などを催し、草間が作品を通じて繰り返し訴えてきた「世界平和」と「人間愛」というメッセージを広く世界に伝え、老若男女問わず、皆さまに現代美術に慣れ親しんでいただける美術館を目指しております。 最愛なる人類へ捧げる愛を込めたメッセージ この度、私の終生の念願であった草間彌生美術館を建て、みなさまに作品を見て頂きたいという心からの希望が達せられました。これは私の生涯における最大の感激であります。 みなさん、この草間彌生美術館に込めた思想や、すべての最愛なる人類へ捧げる愛を込めたわたしの一生と、生涯を通してきた芸術への努力の真情を見て、感じ取って頂ければこれに勝る喜びはありません。私の人生の足跡、世界のいろいろな場所で闘い、その時代の中で生み出してきた私の作品、芸術活動を深く高くみなさまに昇華して欲しい。 私の愛する人々や、世界平和を望むすべての人々へ、畏敬の念をより一層込めて私は人生のおしまいの日までこれからも闘い続けます。あなたたちの志によって私を鼓舞して頂きたい。その強い願いをあなたたちに伝えたいと思いこの美術館を建てました。 みなさん、私の愛する美術館を是非あなたも最大の愛をもって一生愛して頂きたいと思っております。 みなさんよろしくお願い致します。 草間彌生 開館のごあいさつ 草間彌生の芸術を敬愛する数多くの方々が等しく待望していた草間彌生美術館がいよいよ開館を迎えました。この美術館はさる1月に発足した草間彌生記念芸術財団の中心となる事業として運営されるもので、初期から今日に至る主要作品を公開し、また出版やレクチャー、資料展示などさまざまな活動を通じて草間彌生の多岐にわたる業績を顕彰するという、大いなる目的に取り組んでまいります。 これまで草間の作品は世界各国の幾つもの名のある美術館やビエンナ―レ、トリエンナーレなどで紹介されてはきましたが、アーティスト自身の意志に基づいた個人美術館が恒常的な活動を開始することは、前衛芸術家としての彼女の他に類例のない果敢な戦いの軌跡をより深く理解し、愛によって世界を救済しようという真摯な思想に触れていただくための、従来にない貴重な機会となるに違いありません。 長年にわたって国際的な注目を浴び続けてきたアーティストは、目下、第二の黄金期ともいうべき旺盛な制作に邁進しています。美術館には完成したばかりの作品を展示し、今日の彼女の鮮烈な絵筆の息吹を目の当たりにしていただくコーナーも設けられています。今後、この美術館は草間彌生の輝かしい達成を顕彰し、国内のみならず海外へも発信する拠点としての使命を担っていかなければなりませんが、そうした活動をあたたかい目で見守り、ご支援を賜ることを皆様にお願いしつつ、開館のご挨拶とさせていただきます。 草間彌生美術館長 建畠晢 開館記念展概要 タイトル 草間彌生美術館開館記念展「創造は孤高の営みだ、愛こそはまさに芸術への近づき」 内容 最新絵画シリーズ《わが永遠の魂》を中心に構成する草間彌生美術館こけら落とし展 会期 2017年10月1日(日)〜2018年2月25日(日)の開館日75日間* *12月25日(月)〜1月17日(水)は冬季休館 開館日 木曜•金曜•土曜•日曜日および国民の祝日 開館時間 11:00〜17:00 入場時間 ①11:00〜12:30 (11:30までに入場) ②12:30〜14:00 (13:00までに入場) ③14:00〜15:30 (14:30までに入場) ④15:30〜17:00 (16:00までに入場) ※限られた美術館スペースで安全で快適に展示を楽しんでいただくため、1日4回(各回定員 50人・90分の入れ替え制)のチケット事前購入制とさせていただきます。 入館料 一般1,000円 小中高生600円 ※未就学児は無料。団体割引の設定はございません。表示料金に消費税込。 ※毎月1日午前10時(日本時間)に翌々月のチケット販売を開始いたします。ご購入後の日時変 更、払い戻しはできません。チケットは美術館ウェブサイトよりご購入いただけます。詳細 は当館ウェブサイトをご覧ください。 美術館webサイト www.yayoikusamamuseum.jp 開館記念展について 最新絵画シリーズ《わが永遠の魂》を中心に構成する草間彌生美術館こけら落とし展。《わが永遠の魂》 16 点の他、当シリーズの先駆けとなるモノクロドローイングのシリーズ《愛はとこしえ》27 点を展示。 さらに、本展のために制作された最新インスタレーション作品と新作のかぼちゃ立体作品を展示し、今な […]

キムテヨン

キムテヨンと申します。私はデザインをより深く勉強し、母国だけに留まらない、世界的な広い視野を持ちたいという理由から日本への留学を決めました。今は、アートディレクターを志し、女子美術大学という女性だけの環境の中で、女性の感性を活用した芸術を学んでいます。

田中佐和 – 女子美術大学

自己紹介をお願いします。女子美術大学で何を勉強していますか? こんにちは、女子美術大学アート・デザイン表現学科メディア表現領域4年の田中佐和と申します。大学では、グラフィックデザインやアートアニメーション、写真表現の勉強をしております。 田中さんのお作品についてお聞かせ下さい。どのようにその作品をスタートしましたか? 私の作品はガスマスクを付けた女の子のイラストレーションになります。この女の子のシリーズを作ったきっかけは、抵抗する女の子を描きたいと思ったからです。色々な年代の女の子と服装にバリエーションを持たせました。背景は一色塗り、人物は白と黒、グレーだけで仕上げるという設定で制作しました。 作品のアイディアは、どこから来ていますか?どのよう発想をして作品のデザインに落とし込みますか? 今まで見たものや、食べたもの、読んだ話に影響をされていると思います。憧れの世界や自分の妄想も詰めています、耽美的なものが特に好きです。ですので、私の場合は好きな物どうしを組み合わせていることが多いと思います。今回の作品で言えば私はセーラー服が制服だったら良かったなあと後悔している所があるので、女の子に着せました。 デザインにどのくらいかかりましたか?そして、作品の製作期間をお知らせ下さい。作品を作る際のプロセスを簡単に説明頂けますか? イラストのデザインは、5分程で仕上げます。私はクロッキー帳にシャープペンシルで行うか、いきなりPCのソフトで下書きを描き始めます。このガスマスクの女の子達は、PCのソフト上でラフをつくり、そのまま制作しました。その後、描きたいモチーフなどの資料を集めて観察しながら描きます。今回の作品については手描きの適当な雰囲気を残したかったので、マーカーで描いたようなタッチを残して描き進めたと思います。2年前に描いた物なのでうろ覚えですみません。 作品を使った様々な技術について教えて下さい。 ガスマスクの女の子達はPhotoshopを使って制作しました。技術については誇れるものはありませんが、行き詰まったらイラストのメイキングや、好きな作家の絵を見たりしてモチベーションをあげています。私も誰かに可愛いと思わせたり、絵が描きたいと思わせられる絵を描こうという原動力を貰えるので。 HYPER JAPANについて感想を聞かせて下さい。 もっと大きくなるイベントだと思いました。日本にはコミケやデザフェスというイベントがあるのですが、それに似た雰囲気を感じました。日本のアニメやゲームのコスプレをしているイギリスの方が、とっても綺麗でかっこよかったです。写真を撮らせてもらえませんか?とつたない英語で聞いた所、快諾してくれたので私も興奮しました。コスプレをしている人の中に、日本語を勉強している男の子が居て嬉しかったです。日本に遊びにおいで!という気持ちになりました。イベントを通して、日本について興味を持ってくれるイギリスの方の存在を知る事ができて、良かったと思います。 ロンドンは好きでしたか?イギリス料理を食べましたか? ロンドン大好きです!ロンドンの街並にとても感動しました。どこに行ってもおしゃれで、日本にはこんな景色はない!と沢山写真を撮りましたのでデジカメに宝物が増えました。あと、7月末なのに夜が涼しく、気持ちがよかったです。寝苦しい熱帯夜の日本とは違うなあと思いました。イギリス料理は、フィッシュ&チップスを食べに行きました、それとエールを飲みました。日本にヘタリアという国を擬人化した漫画があるのですが、イギリスのキャラクターが私は一番好きなので、これがあのエール!フィッシュ&チップス!と感動して食べました。フィッシュ&チップスは、魚の身がふわふわで、タルタルソースにつけると更に美味しかったです。他にはカフェでアフタヌーンティーもしました。日本に居る時にメールで予約をしたので、ちゃんと予約ができたか不安でした。お土産には紅茶を選びました。イギリスでは何が一番美味しかったですか?と聞かれたら紅茶と答えると思います、本当に美味しかったです。ホテルの朝食も紅茶が一番美味しかったです。砂糖やミルクを入れないそのままの紅茶が、イギリスに行ってとても好きになりました。 女子美術大学を卒業した後で何をしたいですか? 自分は絵を描くことが一番好きです、幸いなことに人よりも少しそれが得意でした。そして自分の絵やデザインで、誰かが喜んでくれるととても嬉しいです。私にも出来ない事が沢山ありますが、卒業後は自分に出来ることで誰かの役に立ちたいと考えております。私の場合は、絵やデザインの仕事に就きたいという気持ちになっています。現在デザイン会社の選考に参加しており、希望の職に就けるよう努力しています。 田中さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか?そして、どのように日々、日本についてのインスピレーションを取り入れていますか? 作品のテイストによって差はありますが、卒業制作のグラフィックの一つとして「どらやき(日本のおやつ)」を宣伝するポスターを作りました。要素としては、日本のテキスタイルをデザインに使用することは多いと思います。市松模様や青海波といった模様です。近頃の日本ではパステルの色味やテイストが流行っているので、日本のテキスタイルをパステルカラーで制作しパターンとして使っています。モチーフとしては椿や彼岸花などの日本の花が好きです、この二つの花に耽美的な美しさを感じます。 田中さんにとって日本の伝統工芸とは? 日本の誇りだと思います。気の遠くなるような創意工夫や、手順を踏んで作られる建物や工芸品、食べ物、音楽、舞踊、景色など、何を選んでも日本人の手先の器用さや仕事に対する真面目さを見る事が出来ると思います。それは日本人の性格や、島国が作った歴史や態度ではないかと思います。私は職人になる人生をおそらく歩みませんが、日本人としての誇りはそういった態度で継いでいけるのではないかと考えています。自分がどんな仕事を持ったとしても、真面目に相手の事を考えて取り組みたいと思います。 最後に日本の工芸に興味のある海外の方に一言お願いします。 日本には美しいものが沢山有ります。綺麗な景色や、細かい仕事、美味しい食べ物が沢山有ります。私は日本に生まれて本当に嬉しいですし、日本の文化が大好きです。死ぬまで退屈しないと思います。あなたがどのような工芸について興味があるのか、解りませんが伝統的な工芸について言えば、お弟子さんとして始めて職人を目指してくのだと思います、雅な世界ですね。最近のデザイン工芸について言えば、アニメなどのサブカルチャーが、やはり人気だと思います。フィギュアの造形を行う方や、美麗なイラストを描く人もフィギュア造型師、絵師などと言われています。生活を犠牲にしてまで、とことん極めたい、好きな物に愛情を注ぎ込む、というような変態が多い国なのでしょうか、その結果がこれです。先人達の作った技術と工芸によって日本の文化、娯楽、メディアは大変にぎわっております、オタクバンザイです。一度日本に来てその工芸や、テクノロジーを体感してみてください。ゲームセンターで遊ぶもよし、メイド喫茶で楽しむもよし、お抹茶をすするもよしです。私は日本をもっと知ってもらいたいです、日本にきたらお寿司と雪見大福を食べてください。日本人はシャイですから、外国の方オソレイリマス、アリガトウと言われるととても喜びますよ。

Interview with Sawa Tanaka – Joshibi University Student and Designer

自己紹介をお願いします。女子美術大学で何を勉強していますか? こんにちは、女子美術大学アート・デザイン表現学科メディア表現領域4年の田中佐和と申します。大学では、グラフィックデザインやアートアニメーション、写真表現の勉強をしております。 田中さんのお作品についてお聞かせ下さい。どのようにその作品をスタートしましたか? 私の作品はガスマスクを付けた女の子のイラストレーションになります。この女の子のシリーズを作ったきっかけは、抵抗する女の子を描きたいと思ったからです。色々な年代の女の子と服装にバリエーションを持たせました。背景は一色塗り、人物は白と黒、グレーだけで仕上げるという設定で制作しました。 作品のアイディアは、どこから来ていますか?どのよう発想をして作品のデザインに落とし込みますか? 今まで見たものや、食べたもの、読んだ話に影響をされていると思います。憧れの世界や自分の妄想も詰めています、耽美的なものが特に好きです。ですので、私の場合は好きな物どうしを組み合わせていることが多いと思います。今回の作品で言えば私はセーラー服が制服だったら良かったなあと後悔している所があるので、女の子に着せました。 デザインにどのくらいかかりましたか?そして、作品の製作期間をお知らせ下さい。作品を作る際のプロセスを簡単に説明頂けますか? イラストのデザインは、5分程で仕上げます。私はクロッキー帳にシャープペンシルで行うか、いきなりPCのソフトで下書きを描き始めます。このガスマスクの女の子達は、PCのソフト上でラフをつくり、そのまま制作しました。その後、描きたいモチーフなどの資料を集めて観察しながら描きます。今回の作品については手描きの適当な雰囲気を残したかったので、マーカーで描いたようなタッチを残して描き進めたと思います。2年前に描いた物なのでうろ覚えですみません。 作品を使った様々な技術について教えて下さい。 ガスマスクの女の子達はPhotoshopを使って制作しました。技術については誇れるものはありませんが、行き詰まったらイラストのメイキングや、好きな作家の絵を見たりしてモチベーションをあげています。私も誰かに可愛いと思わせたり、絵が描きたいと思わせられる絵を描こうという原動力を貰えるので。 HYPER JAPANについて感想を聞かせて下さい。 もっと大きくなるイベントだと思いました。日本にはコミケやデザフェスというイベントがあるのですが、それに似た雰囲気を感じました。日本のアニメやゲームのコスプレをしているイギリスの方が、とっても綺麗でかっこよかったです。写真を撮らせてもらえませんか?とつたない英語で聞いた所、快諾してくれたので私も興奮しました。コスプレをしている人の中に、日本語を勉強している男の子が居て嬉しかったです。日本に遊びにおいで!という気持ちになりました。イベントを通して、日本について興味を持ってくれるイギリスの方の存在を知る事ができて、良かったと思います。 ロンドンは好きでしたか?イギリス料理を食べましたか? ロンドン大好きです!ロンドンの街並にとても感動しました。どこに行ってもおしゃれで、日本にはこんな景色はない!と沢山写真を撮りましたのでデジカメに宝物が増えました。あと、7月末なのに夜が涼しく、気持ちがよかったです。寝苦しい熱帯夜の日本とは違うなあと思いました。イギリス料理は、フィッシュ&チップスを食べに行きました、それとエールを飲みました。日本にヘタリアという国を擬人化した漫画があるのですが、イギリスのキャラクターが私は一番好きなので、これがあのエール!フィッシュ&チップス!と感動して食べました。フィッシュ&チップスは、魚の身がふわふわで、タルタルソースにつけると更に美味しかったです。他にはカフェでアフタヌーンティーもしました。日本に居る時にメールで予約をしたので、ちゃんと予約ができたか不安でした。お土産には紅茶を選びました。イギリスでは何が一番美味しかったですか?と聞かれたら紅茶と答えると思います、本当に美味しかったです。ホテルの朝食も紅茶が一番美味しかったです。砂糖やミルクを入れないそのままの紅茶が、イギリスに行ってとても好きになりました。 女子美術大学を卒業した後で何をしたいですか? 自分は絵を描くことが一番好きです、幸いなことに人よりも少しそれが得意でした。そして自分の絵やデザインで、誰かが喜んでくれるととても嬉しいです。私にも出来ない事が沢山ありますが、卒業後は自分に出来ることで誰かの役に立ちたいと考えております。私の場合は、絵やデザインの仕事に就きたいという気持ちになっています。現在デザイン会社の選考に参加しており、希望の職に就けるよう努力しています。 田中さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか?そして、どのように日々、日本についてのインスピレーションを取り入れていますか? 作品のテイストによって差はありますが、卒業制作のグラフィックの一つとして「どらやき(日本のおやつ)」を宣伝するポスターを作りました。要素としては、日本のテキスタイルをデザインに使用することは多いと思います。市松模様や青海波といった模様です。近頃の日本ではパステルの色味やテイストが流行っているので、日本のテキスタイルをパステルカラーで制作しパターンとして使っています。モチーフとしては椿や彼岸花などの日本の花が好きです、この二つの花に耽美的な美しさを感じます。 田中さんにとって日本の伝統工芸とは? 日本の誇りだと思います。気の遠くなるような創意工夫や、手順を踏んで作られる建物や工芸品、食べ物、音楽、舞踊、景色など、何を選んでも日本人の手先の器用さや仕事に対する真面目さを見る事が出来ると思います。それは日本人の性格や、島国が作った歴史や態度ではないかと思います。私は職人になる人生をおそらく歩みませんが、日本人としての誇りはそういった態度で継いでいけるのではないかと考えています。自分がどんな仕事を持ったとしても、真面目に相手の事を考えて取り組みたいと思います。 最後に日本の工芸に興味のある海外の方に一言お願いします。 日本には美しいものが沢山有ります。綺麗な景色や、細かい仕事、美味しい食べ物が沢山有ります。私は日本に生まれて本当に嬉しいですし、日本の文化が大好きです。死ぬまで退屈しないと思います。あなたがどのような工芸について興味があるのか、解りませんが伝統的な工芸について言えば、お弟子さんとして始めて職人を目指してくのだと思います、雅な世界ですね。最近のデザイン工芸について言えば、アニメなどのサブカルチャーが、やはり人気だと思います。フィギュアの造形を行う方や、美麗なイラストを描く人もフィギュア造型師、絵師などと言われています。生活を犠牲にしてまで、とことん極めたい、好きな物に愛情を注ぎ込む、というような変態が多い国なのでしょうか、その結果がこれです。先人達の作った技術と工芸によって日本の文化、娯楽、メディアは大変にぎわっております、オタクバンザイです。一度日本に来てその工芸や、テクノロジーを体感してみてください。ゲームセンターで遊ぶもよし、メイド喫茶で楽しむもよし、お抹茶をすするもよしです。私は日本をもっと知ってもらいたいです、日本にきたらお寿司と雪見大福を食べてください。日本人はシャイですから、外国の方オソレイリマス、アリガトウと言われるととても喜びますよ。

佐藤安沙子 – 女子美術大学

【自己紹介をお願いします。女子美術大学で何を勉強していますか?】 →佐藤安沙子と申します。うさぎの愛くるしい姿に魅了され飼い始めたことがきっかけでうさぎがよく作品に登場します。そんなこともありうさぎ(usagi)+あさこ(asako)=うさこ(usako)という名前で活動中です。 女子美術大学ではアートやデザインを通して癒しを伝えるために何ができるのかを学ぶヒーリング表現領域に所属しています。 【佐藤さんの作品についてお聞かせ下さい。どのようにその作品をスタートしましたか?】 →絵を描くことは昔から大好きで時間さえあれば描いていました。高校生になってからは家族や友達の誕生日などに似顔絵を描いてプレゼントをするようになって、自分の中で大好きなものを具現化することに面白さを感じ始めました。それから当たり前と思いがちな日々や懐かしい思い出を表現することや似顔絵を描く楽しさに気が付き、それが今の作風を作り上げたきっかけにもなりました。 ブローチの作り初めは単純に自分用のブローチが欲しいというところからハンドメイド作品を作り始めました。「こんなブローチがあるといいな」を形にしたところ周りから反響をいただいて、自分の手で作り出した作品を普段の生活の中で身につけたり持ち歩けたら素敵だなと考え本格的に制作を始めました。「他にはないわたしにしか作れないものを」というテーマのもと手作り感と手描き感を大切に、手に取っていただいた時のことを考えながら作っています。私が初めて作った自分用のブローチを身につけた時と同じように、それがあるだけでうきうきワクワクできるものをお届けできればと思っています。 【作品のアイディアは、どこから来ていますか?どのよう発想をして作品のデザインに落とし込みますか?】 →絵を描くときは自分の経験や感じたこと、思い出、記憶をたどりそこからインスピレーションを受けて制作しています。 ものづくりの場合は基本的には自分の興味や好きから派生し「こんなのあったらいいな」からアイディアが浮かびます。 【デザインにどのくらいかかりましたか?そして、作品の製作期間をお知らせ下さい。作品を作る際のプロセスを簡単に説明頂けますか?】 →わたしはデザインよりもモチーフ決めに時間がかかるのでそれが決まってしまえば割とすぐデザインは決まります。そこから作品を作るにあたり、まず素材や方法をどうするかをざっと考えますが、手を動かすうちに思い浮かぶことや思わぬ発見があったりするのでまずは作ってみるということをしています。失敗は当たり前なので失敗してまた挑戦するを繰り返します。そうしながら作品の精度を上げていきます。制作期間はバッジ一つを形にするのに三日ほどかかったと思います。 【作品を使った様々な技術について教えて下さい。】 →私の作品には技術と言えるようなことはあまりないように思います。ただ画材や素材などを組み合わせて表現の幅を広げ作品に合った方法で制作するように心がけています。例えばバッチの着色一つでも絵の具や色鉛筆、PCで印刷した素材を使用するなど、沢山ある選択肢のうちから選んで制作しています。その表現の幅を広げるためにたくさんの画材に触れて自分なりに使いこなせるようにと日々精進しています。 【HYPER JAPANについて感想を聞かせて下さい。】 →たくさんの日本のブースとたくさんのお客さんが創り出した空間は日本に対しての熱い想いで満ちていて、日本に興味を持っていただけていることを間近で感じることができました。 特に日本の文化というとアニメや漫画は群を抜いて人気なのでコスプレをしている現地の方が多く驚きでした。原宿系ファッションをしている方も多くそれも印象的でした。 【ロンドンは好きでしたか?イギリス料理を食べましたか?】 →ロンドンの街並はどこを歩いてもおしゃれで、思わず鼻歌を唄ってしまうほど心地よく素敵な所でした。時々見かける日本料理屋さんがロンドンの街にあるというところが斬新で面白かったです。イギリス料理はメジャーどころのフィッシュ&チップスとアフタヌーンティーは食べておきたいと思い頂きました。どちらもボリューム満点で特にアフタヌーンティーは見た目に華やかで可愛らしかったので大満足でした。 【女子美術大学を卒業した後で何をしたいですか?】 →将来的にはイラストレーターとしてイラストを描いていきたいので、まずは作家活動を平行しながら社会へ出てイラストがどのように求められて使用されているかを勉強したいと考えています。 【佐藤さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか?そして、どのように日々、日本についてのインスピレーションを取り入れていますか?】 →日本の「四季」というのは他にはない特徴的なものなので作品制作において大切にしていきたい点でもあります。季節から連想できるモチーフや行事ごと、感情、色など沢山あるのでどんな作品を制作するときも季節は頭の片隅に置いておくようにしています。 【佐藤さんにとって日本の伝統工芸とは?】 →日本の技術と感性と情熱が詰まった世界だと思います。 【最後に日本の工芸に興味のある海外の方に一言お願いします。】 →写真や映像ではなく直接見て手で触れてみてください。実物以上に良いものはないです。ぜひ日本へ来てその繊細な技術やぬくもりを感じていただければ嬉しいです。

浅井康宏

自己紹介をお願いします。 蒔絵師(まきえし)の浅井康宏です。 浅井さんのお仕事についてお聞かせ下さい。 私の仕事は「蒔絵」という東南アジアに分布する漆(うるし)の木から採取される 樹液をを用いて、絵を描きその上に金粉を蒔いて表現する蒔絵作品の制作を行っております。 どのようにその作品をスタートしましたか? 15歳のとき蒔絵に出会いその美しさに衝撃をうけ、それからずっと蒔絵作品を 制作して来ました。 蒔絵に出会ってからは本当に夢中でした。私にとって蒔絵の作家を目指すということはたとえばFormula OneドライバーであるとかPremier Leagueで活躍するプレーヤーにあこがれることと同じように、かっこよくて自然なことでした。そこに伝統的な技法に対する古臭さや保守的なものを一切感じなかったのです。 20歳から日本を代表する蒔絵作家である室瀬和美氏もとで修行することができました。それから私の作品も格段に成長したと思います。 漆の作品のアイディアは、どこから来ていますか? アイデアのヒントはどこにでもあると思っています。 草花の色や形、風景など常に私の作品に取り入れることができるように、あらゆるものを見つめます。もちろん、美術館に足を運びたくさんの物を見ることも、とても刺激になります。 どのよう発想をして漆の作品のデザインに落とし込みますか? 私が作品を作るときにまず考えるのは、15歳のとき一番最初に蒔絵の作品に出会ったときの感動を大切にしようと思っています。 つまり、漆の黒色と、蒔絵の金色の組み合わせです。 デザインにどのくらいかかりましたか?そして、漆の製作期間をお知らせ下さい。 私は10年以上毎日、日記のようにデザインを考えています。 アイデアを生み出す訓練だと思って、いつもノートを持ち歩いています。常に洗練されたデザインを生み出そうと日々努力しているのです。一年間に数百生まれるデザインの中から今の時代や自分の想いを表したものを選び蒔絵の制作をスタートさせます。ですので、もっとも新しいデザインにかかった時間は10年といえるかもしれませんし、私が生きてきた30年といえるかもしれません。 そして、蒔絵の制作はとても長い時間が必要になります。最新の作品は制作開始から完成まで約4年かかっております。毎日その作品に関わっているわけではありませんが、膨大な工程を経て完成にいたるまでには、やはり時間が必要です。 今回の新作はきわめて時間がかかった作品ですが、どんな小さな作品でも平均して4ヶ月から1年かけて制作しています。 浅井さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか?そして、どのように日々、日本についてのインスピレーションを取り入れていますか? 私は蒔絵を通して沢山のことを学びました、特に日本文化の奥深さを知るたびにとても感動します。もともと日本には「工芸」という言葉はなく、部屋を彩る襖絵も身の回りに飾る立体作品も分け隔てなく生活に取り入れ楽しんでいました。 日本人は昔から、身の回りの生活の中に美を点在させ調和させることの得意な民族だと思います。生活様式が日々変化する現代に、私の蒔絵作品でどう新しいスタイルを提案できるか日々考えています。 浅井さんにとって日本の伝統工芸とは? 日本には信じられないくらい古い名品が、とても状態の良いまま残っていることが多いのです。土中から発掘されるのではなく、長年大切に使用されるなかで守られてきたのです。 正倉院宝物という奈良時代の皇族の宝物が日本における伝統工芸のスタート地点であります。その伝統工芸がスタートしたときから、物を作る情熱や、伝えてゆく意識は、何世紀たってもわれわれ日本人には脈々と受け継がれていると思うのです。 私は、過去の名品を見るたびに、変化し続ける時代の中で最先端の作品を作り上げようとする、当時の職人たちの情熱を感じ取ります。その情熱の伝達こそが、日本の伝統工芸の真髄だと思います。 何かのお知らせや、浅井さん個人のイベントなどありますか? 来年の春にグループ展があります。他のイベントなどは私のホームページやSNSなどで情報を発信してゆこうと思います。 http://asai-urushi.com/ 最後に日本の工芸に興味のある海外の方に一言お願いします。 日本の伝統工芸はその技術の高さでとても海外から高く評価されてきました。蒔絵の作品も、あなたの国の美術館や宮殿に展示されていることと思います。 その技術や感性の歴史は終わったわけではありません。日本で、途絶えることなく、また、立ち止まることなく脈々と受け継がれているのです。 私の作品は、蒔絵という技法が生まれたときと、まったく同じ材料を使って制作しております。どれだけ時間とお金がかかっても、漆の木から採取される、たった一滴の樹液からスタートするのです。 何百年も昔から、多くの職人が蒔絵を海外に送り出したように、私は、あなたやあなたの国やあなたの信じる神のために作品を制作できる日を待ち望んでいます。

Interview with Actress Shuna Iijima 飯島珠奈 (in Japanese)

今回はインタビューよろしくお願いします。 まずは飯島さんの生い立ちを伺いたいのですが? 親の仕事の関係でインドネシアに幼少の頃住んでいました。父が映画好きでケーブルテレビのHBOで、よく映画を見ていました。その影響もあってか映画や英語が好きなっていきました。そして高校時代は演劇部に所属していたこともあり、イギリスで演劇を学びたいと留学をしました。ロンドンのキングストン大学でシェイクスピア含め舞台演劇を学びましたが、当初言葉の壁は大きいものでした。その為自然と言語に頼らない身体を使った表現が得意となり、興味と情熱もそちらに移りました。ですので、大学院は身体表現を専攻し、言葉以外の表現方法にも磨きをかけました。 イギリスで演劇を学んだことが、日本での演技活動に影響を及ぼしていると感じますか? 国が違うと求められるものも変わりますが、演技をする上で、日本での映像制作で何か大きく意識が変わるということは、あまり感じていません。ですが、イギリスにて演劇を学んだ事は、「演技」というものは何か、そして物事への柔軟な思考と想像力の大切さをより強くさせてくれました。私がイギリスで得た経験、学んだ事は、女優としても人としても私自身のベースになっています。   女優になろうと思ったきっかけは? 幼少の頃に父親の影響で、HBOチャンネルでよく映画を見ていました。そこで自然と映画や英語が好きになったのが一つの要因かもしれません。また高校の演劇部では大道具を主に制作していて、 大道具ですか?役者ではなく? はい、物を作ることが好きでした。もちろん演じることも好きでしたが、まだぼんやりと演劇が好きだと思っていました。 そして英語好きがこうじて、海外で通訳者か舞台を学びたいと思い始めました。進路を決める中で最終的に舞台をやりたいと思い、漠然とですが、演劇といえばイギリスが有名だと思いイギリスに留学を決意しました。 飯島さんのモデルとしての作品もいくつか拝見しましたが、その中でも水中で写真はとても驚きました。その撮影でなにか苦労されたことはありましたか? 水中でのポージングはとても大変でした。呼吸も続かないので酸素ボンベで直接酸素を吸引するのですが、初めての経験だったので、うまく吸えずパニックを起こしてしまったり、水の中での髪の毛や洋服の動きにも神経を注いだり、苦戦しました。ですが、とても良い経験を頂きました。 モデルや演技など幅広く活動されていますが、演じることとモデルをすることに違いを感じますか? 私は写真のみしかモデルの仕事はした事がありませんが、二つは全く違った職種です。表現の方向性や演技に対する重さ等、違いは多くあります。その中で、モデルの仕事をさせていただいて女優として私が学んだことは、どのように自分に自信を持たせるかです。特に女性として。モデルなので被写体として人を惹きつけるには、自分自身への自信が必要です。それは女優に繋がる部分でもあります。そしてその自信を、シャッター毎に一瞬で押し出す必要があります。他にもありますが、このような経験から学ぶ事は多くありました。 それでも学生時代の身体表現コースの中で「Devising」と言う、ストーリー等何もない空間から、イマジネーションと即興で場を作り上げていくやり方があり、どれだけ柔軟に物事を捉えアイデアを出せるか、自分の想像にリミットを設けないことが重要な練習でした。これは、少なからず表現者としてモデルにも応用できたと思います。   Sun Tailor のミュージックビデオ 「Fay」(2013)にご出演されていましたが、音楽ビデオのようにセリフのない演技に難しさなどは感じましたか? セリフがないのは、問題がありませんでした。台詞がない分、より繊細に監督の描く世界や雰囲気、ストーリーを描く事に集中しました。今回の作品は歌手がイスラエル人で監督はスペイン人、キャストは私と中国人の俳優とグローバルなスタッフで作りました。 この作品の後半あたりで、飯島さんは着物姿で筆で紙に何か書いておりましたが、監督はあの言葉になにか意図があったのでしょうか?あのシーンでは、飯島さんご自身で書いたのですか? 監督がリサーチして持ってきた西行の言葉だそうです。彼女の好きな言葉でした。それを私が作品の中で実際に書きました。習字はすごく久しぶりだったので、練習して少しでも綺麗な所作ができるようにしました。   The Sho Film production の「The worst yet the best day」の作品の中で、外国人の方が日本で住むことの難しさ、また一人のきっかけでガラりと状況が変わる素晴らしさを描かれていましたが、楽しんで挑めましたか?飯島さんにも同じような経験はありますか? 作品創りは楽しめました。国が違うと生活も大変ですが、ちょっとしたきっかけで救われることってあると思います。私もケンブリッジでファンデーションコースを受けたときに、渡英まもなかったので英語も喋れず、友達を作るのにも苦戦していました。ドラマコースも喋れないため難しく、また日本人は受身的な傾向もあるので、すごく苦しかったことを覚えています。でも、そんなときに食堂で、一人でご飯食べようとしたときに、「シュナこっちで一緒に食べよう」とクラスの子が言ってくれたときには、とても嬉しかったです。そんな何気ない一言ですが、その言葉に救われたと本当に思いました。(こちらはMetLife Alico主催のショートフィルムコンペティションで銅賞を頂いた作品になります。) 飯島さんの今後の活動などお知らせはありますか? Twitterをやっていますので、よかったらフォローお願いします! (https://twitter.com/ShunaIijima) またフェイスブックもあります。 facebook (https://www.facebook.com/pages/Shuna-Iijima-Actress/280247142014616) 演じるにあたって、心がけていることや役作りでしていることなどありましたら、教えて下さい。 スクリプトを何度も何度読み込み、役柄のバックグラウンドを想定し、台本に書かれていなその役柄の癖や仕草、生活習慣、生い立ちなどまで作り込んでいきます。またその役柄と私自身をミックスしていく作業をします。その役柄の中にも私と共通点があると思うため、その共通点を探しながら役作りをしています。 あとは、なるべく真実を追求しようとします。役柄やシーンに書いてあるからだけではなく、自分にとっても真実である、そんな演技です。 ここ最近の活動の中で、とっても素晴らしい経験をしたこと、また困難を感じたことを教えて下さい。 役者をやっていて、いろいろなことに興味を持つようになりました。特に人間に対する興味が強くなりました。この前ピーター・ブルックPeter Brookという演劇界の巨匠といわれる演出家と、その長年の創作パートナーであるマリー=エレーヌ・エティエンヌMarie-Hélène Etienneとで東京芸術劇場で「驚愕の谷」が上演されたときに、マリー=エレーヌ・エティエンヌが講師で行われたワークショップに参加しました。その舞台は人間の脳の神秘についてでした。じつは今読んでいる本も脳についての話なのですが、すごく面白いのです。このように、色々なことに興味を持つことが良いと思っていて、役者になってその意識がさらに高まりました。 女優として、よく難しく思う事は、他への対抗心です。自分にも長所があるのに、相手を羨んでしまう事が多々あるので、もっと自分を認めたうえで、他から吸収したいです。 Japanstore.jp は日本の伝統文化や工芸について海外に紹介していますが、なにか日本の中で興味のあることはありますか? 多国籍の中で舞台演技を学んできたこともあって、それぞれの国の考え方や文化の話はよくトピックになりました。もちろん日本の文化として、華道・茶道・武道・着物などいろいろとありますが、その技術を学ぶことは大切だと思っています。また、それ以上に精神面や考え方に磨きをかけたいと思います。日本人としてのアイデンティティーを強く持っていきたいです。学びたいものとしては「着付け」です。着物は日本人としての所作も学べますし、日本人女性として重要な要素だとおもっているので。 また日本はとても不思議な魅力をもっていると思います。よく海外の方から言われるのが、最先端をいく技術があるにもかかわらず、伝統など古いものにも愛をもって文化のバランスを保っていることが魅力的だと言われます。 […]

An Interview with Artist Yuki Matsueda

自己紹介をお願いします。 Yuki Matsueda です。 1980年生まれ 日本出身 東京芸術大学 デザイン科卒業 大学院 博士過程 修了 博士号取得 松枝さんのお仕事についてお聞かせ下さい。どのようにその作品をスタートしましたか? 平面デザインの面白さと、立体造形の存在感、両方に魅力を感じていた。 平面と立体の両方の面白い部分を合わせたものが作りたかった。 ガラスの作品のアイディアは、どこから来ていますか?どのよう発想をしてガラスの作品のデザインに落とし込みますか? ガラスではありません。樹脂です。 たまたま樹脂の板で他の制作をしていた時に失敗したのがきっかけです。 樹脂の板を熱で曲げて伸ばす方法は、以前から何か可能性を感じていました。 まだまだ可能性がある素材と技法だと感じています。もっと面白い表現ができるでしょう。 デザインにどのくらいかかりましたか?そして、作品の製作期間をお知らせ下さい。作品を作る際のプロセスを簡単に説明頂けますか? デザインするときは一瞬です。すぐに出来ます。 ただそれを作品として何度も進化させるのには時間と実験が必要です。 作品の制作期間は、種類にもよります。 2日〜2ヶ月くらいです。 作品のプロセスは 1. アイディアが浮かぶ。 2. スケッチ 3. サイズを決める。 4. 実験制作。試作品を制作する。 5. 修正 6. 本制作 と言った感じですが、常に修正を加えていき、より良くします。 一番人気の製品は何でしょうか? 「This is EXIT」か「super egg」だと思います。 「This is EXIT」は面白いと思います。この製品について説明して下さい。 非常口のなかのあの人は、いつもあそこにいます。 私から見たら、あの二次元の世界が非常事態に思えてきました。 だから、三次元の世界へ飛び出したのです。 「Home」はユニークですね。作品のアイディアは、どこから来ていましたか? この作品はとても初期の頃の作品で、実験的なものです。 飛び出していることに特に意味はなく、家の中を見せるために飛び出ています。 この作品は今後、改良して発表していきたいと考えています。 松枝さんの様なお仕事に就きたいと思っている皆さんへ、何か就職に関してのアドバイスはありますでしょうか。 誰かの真似ではなく、誰もやっていないようなことを見つけることです。 そして、何があっても継続することです。 松枝さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか? 日本的なモチーフを使用する時は気をつけます。 日本的な意味と精神を理解し、それを私なりに世界に発信できるようにしています。 そして、どのように日々、日本についてのインスピレーションを取り入れていますか? […]

大村雪乃 世界を見据える現代アーティスト

アートをビジネスと捉える一面を見せながら、世界を向いてる現代アーティスト 大村雪乃さんにインタビューしました。 「世界各国にバズられた新しいアートを目指す現代美術家 大村雪乃」 2012年ミッドタウンアワード(Tokyo MidtownAward2012)で入選 そこからメディアで取り上げられ頭角を表す。 2010年から文房具シールで都会の夜景を再現する絵画作品を制作。立地条件の良い場所から撮影した夜景を、安っぽい文房具シールで再現する事で金銭価値における矛盾と大量消費社会の違和感を表現する。 なぜ夜景に魅力を感じ作品にしようと思ったのですか? 横浜が出身で、ランドマークが良く見える場所に住んでいたので、幼い頃から夜景が身近にあったんです。ただ美術業界では抽象的な概念から、物事を勉強していくので、夜景やお花などのわかりやすい綺麗なものは敬遠されがちになります。今更そういうことを描いたところで、どうなの?っていう風潮があって。そのため大学では、抽象度の高い作風を心がけて制作していたのですが、やはり自分の「美」と向き合う中で夜景が自分の根底にあると再認識したんです。自分が美術家になったとき、きっとこの夜景というのは自分のモチーフの中で、外せないモチーフになるだろうと思ったんです。ただその反面、夜景を普通に描いても美術業界の中では、あまり評価もされないだろうと思ったんです。そこで、どこかでこの夜景を自分らしく描きたいと思っていました。 ですが私には特別な技術がなかったのですし、画家って才能と高い技術が要求されますが、そういう世界の頂点に立っても売れるかは別の話だと思うのです。高い技術がないと美術は評価されないという風潮を覆したいと考えました。この人しか出来ない作品ではなく、誰もが作れそうな作品を作りたいと思ったのです。 誰でも出来てしまうと「オリジナリティ」の弱さに繋がらないのですか?Originality 芸術の世界ではアイデアを誰よりも初めに形にして発表すれば、その時点で著作権が発生するので、真似されたところで評価はされません。重要なのはアイデアを発表し続けることだと思っています。私は特別な技術があるわけでもないので、誰もができそうな技術でアイデアを発表することで、もっと芸術を身近な存在にしたいし、みんなが私たちも作れるかもと思わせることが面白いと思っています。 その中でシールってとても身近ですよね。子供からご老人まで、誰でもシールを貼るだけで絵ができるって意外ですし、できる気がすると思わすことができるんです。それだけ身近に感じてもらえるのが、面白いと思います。 作品は夜景だけですが、別なテーマを作る予定は? 夜景だけということが一番重要だと思っています。このようなモザイク手法は既にいくつかあるんです。私が夜景にこだわるのは、夜景という一つの光がシールに置き換わることで、驚きがより発揮されることだと思っています。これが例えば人物をモチーフに行った場合、ただのモザイク画になってしまい、技術的なところだけにフォーカスされてしまいます。 また、夜景にはゴージャスやリッチなイメージを持たられる方がいらっしゃると思うのですが、シールという安価な素材で表現できることで、人々が思う「夜景」に対するイメージの問いかけをしているのです。夜景の美しさとは何か?という問いかけです。 現代アートって難しいイメージがあるかもしれませんが、コンセプトや私が発言するメッセージ性を読み取る世界なのです。よく制作期間や技術的部分を注目してしまいがちですが、作品を通して美しさとはなど、物を考えるきっかけになってほしいと思っています。 次に挑戦したい夜景などはありますか? 日本をベースにしているので、その土地柄がでるような大衆的なロケーションを選んでいます。誰もが知っている夜景でなければ、共感を得ることは難しいと思うので、やってみたいのは新宿や上海などの繁華街に興味があります。 制作工程を教えてください。 制作工程は、まずベースとなる写真を選び、それをフォトショップに読み込み、それを元に、あらかじめ市販されているシールと同じ原寸大のシールスタンプを用意して、一つずつフォトショップ内で貼っていきます。フォトショップ内で完成したら、実際のキャンバスで市販される丸シールで再現します。 国内でアートの発表の場はある? 全然ないです。まずギャラリーがサポートしてくれないですし、アートに関するマネージメントが確立されていないのが現状です。また国がアートに対して積極的ではないです。そして日本では作品は美術館で見るものという固定観念があります。また、日本の居住空間も狭く、美術品を飾るスペースがないので 美術を買うという習慣がないのです。美術品は富裕層の嗜みという風潮が良くないと思っています。誰でも買えるものであって欲しいのです。 大村さんの作品も買えるのですか? はい、もちろんです。基本的には値段設定は所属ギャラリーによって決まりますが、私の作品は若手作家の部類なので、値段も手頃だと思います。 どんな基準で値段は決まるのですか? 値段はコンセプトの良さ、サイズと時間、作家の活動期間、知名度、市場価値などを考慮して決まっていきます。 日本のアート市場は狭いとおっしゃっていましたが、世界へ売り出していく予定はありますか? 現在、香港にある不動産会社Swirepropertiesから作品の依頼がありました。そのクライアントはアイランドイーストというオフィス街にビルを持っていて、その周辺にアートツリーというギャラリーができるそうで、そこでも出展できればと思っています。いま香港は現代アート市場では、非常に大きい市場として注目されています。 海外はアート作品を購入する習慣がしっかり根付いているので、まずアート作品を気に入ったら、買えるか買えないかで判断するそうです。日本にはその文化はまだないので、世界のアートフェアなどに積極的に出展して海外へのチャンスをつかみたいと思っています。 日本市場が狭いのは、なぜだと考えていますか? 日本のアートに対する政策に問題があると感じます。海外の現代アート市場と日本のアートは断絶しており、日本は孤立状態だと思います。海外と日本で決定的な違いは、現代アートを資産運用として捉えられるかどうかなんです。日本は固定資産税が絵画も対象になっており、持ちたがらない傾向にあります。 しかし海外はそれが可能。ビジネスとしての現代アート市場がしっかりとあるのに、日本にはない。その危機感を常に意識しています。 だからこそ、海外とのやりとりを積極的に行いたいです。 つまり、いまどの国に自分の作品のニーズがあるかリサーチしながら、発表の場を模索しています。将来的にはクリスティーズというオークションの場に出店できたらと考えています。2大オークション会社の一つなので、そこで知名度を高めていきたいと思っています。 大村さんの目指す将来は? しっかりと市場を見据えてビジネスとして、アート作品を発表していきたいです。アート業界のマネージメントの勉強もしながら、自分の位置を確立していけたらと思っています。現代アートは純粋なアートだけでは成立しない、マネーゲームの要素もあると考えています。一番有名なのは、やっぱり村上隆さんが代表例で、村上隆さんの作品の芸術性だけで評価されているわけではなくて、そこにはマネージメントが絡んでいて市場を捉えているから、10数億円の値段で彼の作品がやりとりされていると思います。 だからこそ、世界に直接やりとりができるよう活動していきたいと思っています。 ご協力ありがとうございました!

海藤博 – atelier K (Interview in Japanese)

自己紹介をお願いします。 多摩美術大学でガラスを専攻し卒業しました。その後、長野県の「あづみ野ガラス工房」で5年間働き吹きガラスの技法を中心に研鑽しました。新木場に新しく出来たガラスの専門教育機関で講師を11年間勤めました。その間、展覧会などを重ね2009年に埼玉県川越市に小さな工房を構えます。2010年からは東京藝術大学の非常勤講師を務め現在に至ります。 海藤さんのお仕事についてお聞かせ下さい。 東京藝術大学で非常勤講師をしていますので、週の半分は大学で授業をしています。また、残りの半分はガラス作家としてガラス作品を制作して展覧会などをしています。工房には講座生も通ってきてくれていますので、そこでは吹きガラスの楽しさ、難しさを知ってもらえたらと思っています。 ガラスに出会ったきっかけは?なぜガラスだったのですか? 多摩美術大学の授業でガラスと出会ったのが初めてです。特にガラスと決めていたわけではありません。授業のプログラムの一つとして扱っただけです。ただ、作業は1000℃を越える熔けたガラスを扱うわけですから、直接触れることもできません。熔けたガラスはトロトロ、フワフワして形も思うようにならず、なんとももどかしく思いました。そんな不思議な感覚の素材をどうにか自分の思うように形にしたいと、のめり込んでいったのです。 ガラス工芸制作のアイディアは、どこから来ていますか? 何気ない日常の中から生まれます。空の色の移り変わりを眺めている時や帰り道にふと綺麗な花が咲いているなと立ち止まったり、面白い形の石があるなと眺めてみたり、、、。そんな些細な事柄を目にとめて、ものごとの成り立ちや構造をゆっくりと探ります。そこここに何気なく存在する様々な要素がいろいろな形になってものづくりのキッカケになります。 どのような発想をしてデザインに落とし込みますか? アイデアの要素は様々な形で存在します。ほとんどの場合、簡単には素材や形に落とし込むことが出来ません。そういったアイデアのかけらを書き留めておいて、後でゆっくりと時間をかけて眺めます。何かの形になる時もあれば、まったく形にならない時もあります。けれど、長い時間がたった後で思いもよらず形になることもあります。その時々の自分の制作テーマや技術が向上したり、新しい試みを試したり、そういった変化の中で過去のアイデアのかけらが今の作品に繋がることがあるのです。 作品にかかる製作期間をお知らせ下さい。またその中でもデザインに、どのくらい費やしますか? 作品によりますので一概に言えません。製作期間としては1ヶ月だったとしても、その為にアイデアを練って、テストをして、或いはいろいろな要素を拾い集めることに長い時間を掛けています。そういったことを考えると、1年とも2年とも言えるかもしれません。作品は少しずつ成長しています。制作の環境が変わって、技術も向上して、テーマも成熟して作り手と一緒に成長していくものなのかもしれません。 海藤さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか?もし、取り入れているならば、どのように日本要素をインプットしていますか? 日本に住んでいるので普段日本を意識することはありませんが、海外のガラス作品とは明らかに違います。物の見方、考え方、テーマの展開の仕方の点で違いは大きいと感じます。具体的な形などでなく“視点”なのではないかと思います。また、色ガラスは海外からの輸入品を使うことが多いのですが、色についてはそのまま使わないで少し手を加えて落ち着いた色味を作り出すように気をつけています。最近ではお茶の道具を作る機会が増えました。実際にお茶を学んでみると、とても日本人らしい文化、考え方が込められています。そんな中で日本人を再認識することがあります。 海藤さんにとってガラスとは? 長く付き合ってきた素材ですので、綺麗な部分も難しい部分も理解しているつもりです。しかしながら、それでも尚気づかなかったガラスの奇麗さに驚かされることがあります。ガラスという素材で自分の考え方や視点を見る人に伝えられたらと思います。 海藤さんにとって日本の伝統工芸とは? ガラスを始めた時は伝統工芸というと型にはまったような古いもののように感じていました。ところが、制作を続けるうちに考えが変わってきました。作り手は誰もその時代時代の中で新しいものやその時代の感覚に合ったものを生み出そうとしてきたのだと思います。突然全く新しいものが生まれたわけではありません。今まであったものを少しずつ変化させ、自分の考えを込めて作ってきたのだと思います。それは先人も今の私達も変わりません。伝統的なもの今あるものをよく見て、その積み重ねと時間の流れの中で更に今何が出来るのか。それを考えるのが現代の私たちの仕事です。そんな風に考えると古きから学ぶことも多いですし、次の時代に何が求められているのかを考える糸口にもなります。伝統工芸の中で自分が作ることの意味を意識することは大切だと思います。 海藤さんの展示会やイベントなど近日中にありますか? Art Factory’s「粋」というグループでしている活動の一つですが、“パークホテル東京”で展示する予定があります。また6月には“器スタジオTRY”で個展があります。 http://atelierk-glass.net 最後に日本の工芸に興味のある海外の方に一言お願いします。 日本の工芸はあまり海外で知られていないかもしれませんが、海外の方々が見ても面白い物が沢山あると思います。2013年から私が参加しているArt Factory’s「粋」は、硝子、陶芸、木工、金工、書や日本画など様々なジャンルの作り手が集まって日本の工芸の良さを発信しようとするグループです。お互いに刺激し合いながら日本人らしい物作りを意識しています。

油布宙 – 竹細工 (Interview in Japanese)

自己紹介をお願いします。 My name is Hiroshi yufu! Bamboo art. 油布さんのお仕事についてお聞かせ下さい。 叔父や祖父の時代から油布家では竹細工を営んでいた。父親が油布 昌伯の名前で海外へも販売のパイプを作った。私は4年ほど前から竹細工の学校や様々な先輩方に技法を教わり父親の油布竹龍舎の手伝いや個人ではウェブや先輩方とともにデパート等へ作品を出し販売している。(竹製のバックやお皿等)今年はニューメキシコのギャラリーで先輩の方々とともにセンターピースの販売に取り組む予定。今年はオブジェをメインに海外での販路に取り組む。 どのようにその作品をスタートしましたか? 竹の組合いの青年部が海外に販路を持ちたい意向を竹製品を多く扱うニューメキシコのタイギャラリーの協力のもと作成。海外ではどういった嗜好の物が好まれるのか?等指導して頂いた。 竹の作品のアイディアは、どこから来ていますか? 影響を受けるのは自然から、宇宙から、人の動きから。 どのよう発想をして竹の作品のデザインに落とし込みますか? 竹の素材が生かせるように動きを持たせる。固い中での柔軟さ(竹そのもののしなり?)デザインが全てではなく作成途中で竹のしなりを出したくなれば変えて行く。竹の素材が自然に形を作る。 デザインにどのくらいかかりましたか?そして、竹の製作期間をお知らせ下さい。 オブジェは2週間以上かかる。 竹はどこから来ますか? 竹の販売する業者に依頼している。 油布さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか?そして、どのように日々、日本についてのインスピレーションを取り入れていますか? やはり素材が竹だとわかる商品でなければ日本は感じられないでしょう。そして色は主に朱、黄、黒であるが日本古来から日本人の好む色であり漆塗装は日本の代表的な塗装技術である。 油布さんにとって日本の伝統工芸とは? オブジェが現代に合わせた物であっても先人が残した技法を使うことにより先人とともに現代に生きる事ができる。先生方も必死に取り組んでいる。病院での輸血の様にそれぞれの得意とする技法を後継者育成事業としてわれわれ若手に教えてくれている。 いつか同じように伝えたいと思う。 何かのお知らせや、油布さん個人のイベントなどありますか? 私Hiroshi Yufuですが今年はニューメキシコのタイギャラリーでセンターピースの販売をメインに活動。 最後に日本の工芸に興味のある海外の方に一言お願いします。 竹の使用の歴史は木と同じく古来からあり多種多様になります。物入れやお皿等の実用品やバッグ、アクセサリーそしてオブジェまで様々です。竹細工製品を楽しまれて下さい。

Interview with Lisa Ueda – Violinist (in Japanese)

ご自身や生い立ちについての自己紹介をお願いします。ご出身はどちらですか? 植田リサです。ソロ・ヴァイオリニストとしてロンドンを拠点にしておりますが、ヨーロッパの他の地域やアジアでも頻繁に活動をしています。 生まれと育ちは北大阪です。幼少は京都インターナショナルスクールに通い、その後大阪インターナショナルスクールに進学し、そこで国際バカロレアを取得しました。 日本においても国際的な環境に囲まれて育ったことは現在の私のアイデンティティーに大きな影響を与えたと思いますし、若い頃から世界中に旅をする機会を与えてくれました。 http://www.LisaUeda.com/ ロンドンの英国王立音楽院 (Royal Academy of Music)で勉強されたということですよね? はい、ABRSM国際奨学生として英国王立音楽院で勉強させていただきました。そこの多文化な生徒構成の一部であるということには常に居心地の良さを感じていました。集中的な室内楽のリハーサルやランチ時の会話、色々なシチュエーションでの触れ合いの中で様々な思考を交換・共有できたということは、今でもそうですがとても楽しく有意義なことでした。 現在予定されているコンサートはありますか? 2015年4月12日にイタリア人ピアニストのダニエレ・リナルドと、ウィグモア・ホールでのデビュー・リサイタルです!リサイタルシリーズ大賞を受賞した末のデビューですので、カークマン・コンサート協会に感謝しています。 デビュー・リサイタルまでこれからまだまだ冷え込む時期ですが、チャイコフスキーコンチェルト、ヴァイオリンとヴィオラのためのアッターベルグ協奏曲、ベートーベントリオやブラームスピアノカルテットの全曲をアナーン弦楽トリオと、その上ダニエレとのリサイタルを含め活動予定は、有難い事に寒さも忘れるくらい途切れなく入っております。 詳細はホームページでご覧下さい。 www.LisaUeda.com/concerts.html 今まで受賞や出演等多々されていますが、特に何かお気に入りや思い出深い経験は? 大阪で関西フィルハーモニー管弦楽団と共演したチャイコフスキーのコンチェルトを演奏した時の印象が強く残っています。言葉ではとても伝えきれないほど多くのことを学びました。この経験はこれからも一生大事にしていくものだと思います。というのは、この作品を大阪のあの舞台で演奏するというのが幼少からの夢であったからなんです。 現代音楽作家のソロ作品の初演奏をさせていただくというのもとてもワクワクする体験ですね。古代に書かれたものとはまた違い、現代音楽を演奏するというのは作曲家が実際に筆を握ってから作品が完成し、その演奏にいたるまでのプロセスを垣間見ることができ、とても勉強になります。 タネル財団アワードの受賞者としてダニエレとツアーでスコットランドを回った時には、彼とはアーティストとしてのコラボレーションを一生続けるんだろうなぁ、その道のりはここからなんだろうなぁ、と思いました。このスコットランド・ツアーは、毎日色々な演目を弾く密接な協力活動を通して「これは何か特別なものになっていくのではないか」と深く実感する大きな機会となりました。 特に日本での公演予定というのはありますか? はい、もちろんです!今は植田・リナルドデュオのアジアツアーを2015年冬に向けて準備中です。詳細についてはまだ触れることができませんが、追ってお知らせしていくので是非ご注目下さい! 日本はどのくらいの頻度で訪ねられていますか?日本では何が一番好きですか? 私はいつも、日本への「訪問」とは言わないように注意しています。その代わりに、私の故郷である日本へは「戻る」という表現を使うようにしています。今ではロンドンへも「戻る」という言葉を使えるように感じるように至りましたが。とにかく帰れる場所が二つあり、とても幸運だと思います。 あなたのバイオリンについて少し教えて下さい。 1596年のアマティー兄弟のバイオリンを、フィリッポ・プロターニバイオリンより貸与していただいております。このバイオリンはきらめきと雄弁さの両方を併せ持っています。どちらかというと女性っぽい響きを持っていますが、たまに男性的な逞しい音も出ます・・・!(笑) 将来的にアルバムへの録音等は考えられたことはありますか? そうですね、いくつか練っているプランはあります。 日本で育ったということは、植田さんの音楽性に対してどの程度影響を与えていると感じますか? 私は日本人で、それは私のゆるぎない、変わらない一部ですが、私が演奏する音楽は主に欧米スタイルだと思います。日本人的・和風な音も出せますがそれは演奏する作品により変わってきます。その作品が日本の影響を受けている場合は勿論、そういった和風な音を取り入れます!そういった場合は私が日本で育ったということはとても役に立ちますね。(笑) 他には、、「尊敬」と「規律」は日本の伝統と深く結びついていますよね。そういったものを自分へ取り入れることにより舞台アーティストとしての成長へは大きな糧になりました。 日本の伝統工芸は植田さんにとってどういう意味を持っていますか?好きな日本の工芸品は何ですか? 頭に浮かぶのは「芸術性」と「細部へのこだわり」です。 日本の精神、日本人のメンタリティー、日本人特有の心遣いといったものすべてが優れた職人の技や美術作品といった形に凝縮されて現れていると思います。日本の芸術や工芸品に対して常に大きな敬意を抱いております。陶芸、書道、木工や着物の絹を取り込んだものにはつながりを感じてきました。私の場合、ヴァイオリニストというのもあるのでしょうが、特に木を使ったものに惹かれる傾向はあります! 最後に、特に日本の文化に興味を持たれている方へ何か伝えておきたいものはありますか? 日本各地方それぞれが特有の個性、「あじ」や独特のモノを持っています。日本を訪れる機会があれば、是非それぞれの地方出身の方とお散歩等をして、色々お話しできれば興味深い思い出ができるのではないかと思います。 できれば1、2ヶ月といった長めの滞在をし、日本にたっぷりと浸るというのがおすすめです。そうすれば日本の文化、風景や食べ物を吸収しながら素敵な時間を過ごせることは間違いなしです! 終わりに、ロンドンの英国王立音楽院 (Royal Academy of Music)へ、インタビュー場所を提供していただき有難うございました。 http://www.ram.ac.uk/  

鈴木希依子 Kieko Suzuki – Actress and Talented Performer (In Japanese)

自己紹介をお願いします。 女優とレポーターをしている鈴木希依子です。 私は千葉県出身で、明治から続く日本料理屋の娘として生まれました。小さい頃から、女将である母に、“子供のころは上質な芸術に触れるのが大事”と色々なお芝居や美味しいご飯を食べに連れて行って貰いました。 その経験がその後、もっと色々なものが見たいと中学からアメリカに留学したり大学で芸術を専攻したりしたことに結びついている気がします。

Arkraft – Japanese Watchmaker (In Japanese)

自己紹介をお願いします。 手作り腕時計ブランドARKRAFTの新木といいます。 http://arkraft.net/ 新木さんのお仕事についてお聞かせ下さい。 東京の下町にあるアトリエで手作りの腕時計ケース、文字盤、ベルトを製作しています。 時計の職人になるのはどのぐらいでしょうか。 手作り時計の作家になるのに必要な期間は個人差があるとは思いますので明確には答えれませんが、自分の場合は師匠の工房に入らせていただいてから数か月で作品を作り始めました。ただそれ以前に手作り腕時計専門の販売員を3年ほどしています。 どのようにArkraftはスタートしましたか? 最初は師匠である篠原が代表を務めるJHAの直営店で販売員として入りました。その時期に月に数回ほど工房へ手作り時計の作り方を趣味に近い形で勉強に行っていました。 その後2009年に工房へ手作り腕時計の修理担当として入ることになり数か月後に自分のオリジナル作品も出し始めました。そして定番の作品数がまとまった数になってきた2012年に工房から独立してARKRAFTというブランドを作り東京の古くから職人の街である蔵前にアトリエ兼店舗を持ち拠点として本格的に活動を始めました。 時計のアイディアは、どこから来ていますか? 作品によって変わりますがビンテージの時計の資料は大事なアイデアソースです。他には音楽、漫画、アート作品、家具デザインなどからアイディアをいただくことが多いです。 どのよう発想をして時計のデザインに落とし込みますか? これも作品ごとですが多いのは以前に思いついたアイディアのメモを見ながらその時の自分の好みの作風と組み合わせていくつかのパターンを作り最終的に1型の作品に仕上げます。 デザインにどのくらいかかりましたか?そして、時計の製作期間をお知らせ下さい。 思いつきでその場ですぐ作るときもありますし何か月もかけて様々なパターンを作るときもあります。時計製作期間はデザインも材料も揃っていれば2日で完成します。 時計の製作について教えて下さい。 時計の成型方法はいくつかありますが一番多く基本的な作り方は一枚の真鍮や銀の金属板を切り出し、ケースの核や文字盤の土台を作ります。その後に金属線材を加工してラグなどケースの付属部分を製作してそれぞれ作品のデザインに近づけロウ付けという技法で融合させケースの形を作ります。 ケース完成後にメーカー製のムーブメントを組み込み、針や竜頭、レンズを取り付けて時計部分は完成となります。最後に一枚革からケースに合うサイズに切り出してストラップを製作して取り付けて動作チェックを数日して完成となります。 新木さんの中で、どのくらい日本的要素を取り入れて仕事に取り組んでいますか?そして、どのように日々、日本についてのインスピレーションを取り入れていますか? 最初は海外への展開などはそれほど視野に入れていなかったため日本的要素などを深くは意識していませんでした。ただ面白いというだけで漢字の文字盤を製作していたりは1年目の作品からしていました。日本的な要素を意識するようになったのは何人かの外国のお客様と話してからでした。 現在でもどちらかというとアメリカやヨーロッパのビンテージ腕時計に憧れがあり、デザインを考える時もそれらを参考にしていたり最近は自分流で近い形を作ったりしているのですが、それと同時に日本の伝統的な技法を持つブランドとのコラボレーション作品なども積極的に展開しています。 現時点では奄美大島という島に古くから伝わる泥染めの技法で革を染め作品を作る革作家とのコラボレーションや日本甲冑を専門に作る会社のアパレル部門と甲冑部品を使った腕時計を共同作品として出しています。また他にもまだ企画段階ですが伝統工芸作品を製作している方々と話をしてオリジナル腕時計の製作を考えています。 新木さんにとって日本の伝統工芸とは? 伝統工芸といっても一言では言えないほど様々なジャンルがあります。ですが共通しているのは古くから伝わり続けるだけの魅力があるということだと思います。 その魅力的な技法を継承している人や会社と繋がり新しい世界観を生み出せればと思います。 何かArkraftのお知らせや、新木さん個人のイベントなどありますか? *アトリエ兼ショップが観光地として有名な浅草の隣にある蔵前という駅にあります。ここは昔から鞄金具や玩具の問屋街として知られていますが近年は様々なお店がオープンしており少しずつ盛り上がってきています。ARKRAFTも日曜以外の午後は開いていることが多いので近くまで来たらぜひ寄っていただければありがたいです。 また今年は昨年まであまり出なかった手作りイベント販売などに積極的に出る予定です。 決定しているイベントはWEBページに告知するので都合が合えばぜひ来ていただければと思います。 最後に日本の工芸に興味のある海外の方に一言お願いします。 日本では最近、若い人を中心に伝統工芸を現代的なアイテムに生かす作り手が増えているように感じます。そういったアイテムから日本の伝統工芸に興味を持っていただければ幸いです。